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あの頃の五月は

五月になった。
昨日の一日は久しぶりに神保町にでかけた。気になっている映画のシリーズが神保町シアターで上映されるからだ。成瀬巳喜男監督特集。彼の戦前の作品を特集した黴臭いシリーズである。

先月を振り返れば、3日から5日まで花見ツアーがあり、それから学生時代からの友人がやっている武蔵小山のライブカフェの十周年イベントがあり、そこに友人たちが集まった。そして、これも大学時代のクラス同窓会があって、渋谷や代官山を散策した。その後にアルフォンス・ミュシャの美術展(スラヴ叙事詩シリーズ)を観た。そして、またこれも40年来の友人が治療のために入っていた病院から退院してきたので、様子を見に彼の運営するカフェに行きイベントに参加した。そのイベントで若手のジャーナリストの方々との交流が持てた。
面白い一ヶ月だった。

その合間に評論を一本仕上げて、月末にはお疲れさまツアーということで伊香保の温泉につかった。ふ~。
温泉ツアーを準備してくれた相方も40年前に知りあっているので、酒に例えると、40年ものの醸成された酒をちびちびと飲みながら、あっと言う間に4月が終わった感じだ。アル中になるほどは飲めませんが。。。

あの頃は40年後の自分を想像することもなかった。
振り返ると、疾風怒涛の時代だったと思う。時間にも生活空間にも余裕がなかった。そして、今は時間の余裕があるので過去の記憶にある作家を再認識しながらものを書いたりしている。

ふと、思った。あの頃の五月頃の自分は何をしていたのだろうか、と。常に新しいステージにいたような気がする。時間の流れの中で、社会人になった時には、いわゆる「大人の世界」に違和感を感じていた。アルバイトとは違って、これから続いていくのが会社勤めなのだ。日銭を稼ぐアルバイトが懐かしく思える時もあって、そんな五月だったのではないか。

時が過ぎて、いろいろなものは変わって行くのだけれど、今回の神保町の町歩きでもそれを感じた。馴染みの古書店が数軒あって、それぞれに記憶を残しているのだが、自分が年を重ねていくのと同様に、好感をもって見ていた主人ももう老境である。入れ歯のせいか滑舌が悪くなっている主人もいる。もう店を閉めたところもある。

本来神保町の古書店は仕入れに特徴があり、店主の考え方が反映されている。そして、その嗜好や癖といったものが本棚を埋め尽くすのだ。何度も廻っているうちに、探している本がある場合には、あそこならあるだろうという勘が働くようになる。それが面白かった。

さて、そんな町の片隅、三省堂書店の脇道に神保町シアターはある。去年から数回通い始めた。
今回の成瀬巳喜男は好きな監督なのだが、戦前のものでDVD化されていない映画が上映される。
監督特集で映画を見ていた40年前とは、映画館自体が大きく変わっている。今でも、監督の名前で見る映画はあるのだけれど、監督特集三本立て上映という酔狂な映画館はほとんどない。

あの頃の五月は_e0208107_936228.pngこれが成瀬巳喜男。いかにも職人風の感じがする監督だ。松竹にいたが、「小津は二人はいらない」という上層部からの意向を受けてPCLに移籍した。今の東宝である。
しかし、戦前の作品を見ると小津安二郎とはまったくテイストが違う。松竹蒲田の所長だった城戸四郎はどこを見ていたのだろう。戦後に「浮雲」を作って、小津に「これが今年のベストだろう」と言わせた。比較してみると、俳優の使い方が対極的だ。あの「晩春」の原節子に生活臭さの漂う主婦の役を与えたし(めし)、夫の行状に悩む妻(山の音)、そして、ラストシーンで風船に戯れるような女性(驟雨)を演じさせた。

小津はすごい監督だという見方は変わらない。しかし、昨日見た成瀬の二本の映画、戦前(昭和10年~12年)を見て、とても新鮮だった。二本とも女性にフォーカスした物語になっていて、あの時代によく作ったなという印象を持った。当時の家父長制度に対する反抗を描いている。
「家名」の押し付け、世間に対する面目などの「家」のもつ強制力に反抗する女性たちだ。「女人哀愁」と「噂の娘」の二本。なんか古めかしいタイトルだが、見ていると、嫁ぎ先の威圧感や、滅んでいく老舗の話などは、今でも通じるテーマに思える。

既成の制度に反抗する娘たちに対して、老人や夫は、「ああ、もう時代は変わったな」と呟く。こんな光景はいつの時代でも似ている。そして、この二本の映画でキーワードになるのは「お金」だ。小津の世界では描かれることが稀だった。

そして、それに加えて面白いのは、もう消えてしまった町の風景がスクリーンに描かれることだ。ファッションもそうで、ああ、こんな服装の人たちがいたな、とか思う。何か逆に新鮮さを感じる。
あの頃の映画作りの職人たちはすでに消えているのかもしれないが、映画に対する情熱だけはしっかりと伝わってくる。
いいものを作るにはまず情熱しかない、と思える映画人の矜持が伝わってくる。温故知新だ。

by wassekuma | 2017-05-02 10:05 | 映画  

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